少食と断食が量子波を強化し、健康を維持する!

今日も♪ゆる2ちょこ2♪~していますか(^_-)-☆

今日で7日間断食5日目突入!

朝の目覚めもぱっちり。調子が良いです!

7日間断食が成就したらちょっと少食を意識したいと思っているこの頃です。

もっとも、最近は1日2食か、どうしても小腹がすいたらちょっと食べるくらいだったので、2食から2.5食という感じだったでしょうか。

そこで、今回も少食と断食や遠隔セラピーともかかわりの深い量子波についてご紹介します。

少食と断食のすすめ!

今回も、何度か当サイトで紹介させていただいている『地上最強の量子波&断食ヒーリング これが未来医療のカタチ』の中から小林健氏が紹介されている講演の内容からご紹介します。

皆様を見ていて、きょうは皆さんは大体、量子波を得たみたいだから心配ないんだけど、量子波を強化するのは、健康を維持するのは、少食と断食です。

断食は急にやらない。

ステップ・バイ・ステップで、1週間に1回やってみる。

大体2時間ぐらい後で超おなかがすきます。

余りつらかったら、しようがないから、おみそにクルミか何か入れて、ちょっとハニーか何かを入れて、それをディップして、手の指くらい
にカットした大根とかニンジンとかセロリをちょっと食べるなら構いません。

それから、アボカド半分ぐらい。

大丈夫だったら、次の週にもう一回、―週間に1回やってみる。

2回ぐらい成功したら、今度は週に2回やってみる。

健康な人は月に2回ぐらいでいいと思います。

でも、病気の人はそういうふうに努力したらいい。

1週間に4~5日ぐらいできるようになったらば、もう治る波長になっています。

栄養学者とかいろいろな人が、そんなことをして、心臓の栄養はどうするの? とかおっしゃると思うけれども、それは頭がコチコチの方であって、そんなことはありません。

私はリンゴ1個で101歳まで生きている人に会っています。

私の妹の森先生も青汁一杯だからね。

私と1週間一緒にいたとき、一応監視してみたんだけど、それしか飲まない。

水も飲まない。

レストランに行くと、「先生、これ、私のオーダーですけど、食べてください」。

あの人はレストランの営業まで心配してくれているんだよね。

ほんとに優しい人で、私の心の妹です。

甲田先生が「少食を世界に伝えないと、世界はダメになる」と森先生に言ってくれて、私が今回の集まりを開きました。

井筒さんもすごい人で、「よっしゃ!やります。日本人の健康と幸せが一番大事だと私も思います」。ということで、今回、これだけの皆さんに集まっていただいて感謝しています。

同時に、その生活の中にこのライフスタイルを入れていただきたいんです。

私をどんどん使ってください。

会うと事務所が請求すると思いますけれども、考えるのは請求しませんから。

そういうハリウッドのスターがいっぱいいます。

何かあったときに、例えば5万人の前で歌うのにおなかが痛くてしようがないときに「Dr.ケン、ヘルプーミー」とやると、しばらくすると歌えるようになっちゃう。

大成功です。それから2週間後に事務所に来て、

「はい、ケン。2000ドルだよ」と言うから、

「どうしたの」

「私を治してくれたじゃない。ありがとう」。

「何もしていないよ」

「いや、実はおなかが痛いとき、さわって『Dr.ケン、ヘルプーミー』と言ったら、パッと来てくれて、それのおカネです」

と言うから、「オー・マイ・ゴッド!グッド・ビジネス」(笑)。

皆さんの笑顔がすごくきれいになった。いいですね。

ちなみに、文中に出てくる「先生」や「」いうのは、この講演会でともにスピーカーを務めておられる鍼灸師で断食指導をされている森美千代氏のことです。

20代のころ脊髄小脳変性症を患い歩行困難となられ、断食療法の甲田光雄のもとで治療し、以来、一日青汁一杯しか摂られていません。

甲田先生とは、今はなき甲田光男氏のことで、「甲田療法(断食療法)」などを実践された医師です。

人はいつから1日3食になったのか?

現代では基本的に1日3食が当たり前です。

これが定着したのは江戸時代の元禄期(1688~1704年)以降のことだと言われています。

よく、昔の農民は日の出とともに農作業に出て、11時頃にやっと正式な食事を摂っていたとも聞きます。

平安から戦国時代?までは、武士でも貴族並の2食の食事では体がもたないので、農民にならって朝食と夕食の間に間食を摂っていたそうです。

しかし、限られた上級武士はかたくなに二食にこだわったとか。(この一日二食は、三食分に相当する量を二食に分けてとっていたらしい)

つまり、もともと平安時代の公家と言えども、朝食をお昼くらいに、夕食を夕方4時頃にとっていと言います。

それが、一説によれば、1657年に江戸を襲った「明暦の大火」の後、町を復興するために、各地から大工、左官屋などの職人たちが集まってきたことで、食を取りまく事情が変化したと考えられています。

彼らは肉体労働者ですから、当然1日2食ではお腹が減ってもちません。とはいえ、いちいち食事のために家に帰ってもいられないので、江戸のあちこちに屋台や飯屋ができるようになり、にわかに外食産業が栄えたのです。

また、復興のために働いていた職人に、正午過ぎにも食事を出すようになったのがきっかけだった、とも言われています。

そのほか、戦国時代に戦いに明け暮れる武士たちが、体力をつけるため1日3回食事を取っていた生活習慣が、庶民にも浸透したのがだいたい江戸時代の中頃だったという説もありますが、浸透までに100年以上というのは、いささかかかり過ぎの気もします。いずれにしても江戸中期以降、日本人の間で徐々に「1日3食」が当たり前になっていったのです。

(出典:サライ.jpより https://serai.jp/hobby/109774)

他にも、物流が良くなり、菜種油の使用が広まり、起きている時間が長くなったことも一因とか。

ちなみに、日本人の平均睡眠時間は男性が6時間30分、女性6時間40分だそうです

ショートスリーパーの人もいますから、一概には言えないでしょうけど、こればかりは個人差もありますからね。

あとがき

飽食の時代と言われて久しいですが、やはり食べ過ぎがあらぬ心身の不調の一因になっているのは間違いないかと思います。

一日に何食食べるか?ということもあるかもしれませんが、料理研究家の土井善晴氏も一汁一菜でよいという提案』という書籍を出してライフスタイルを改善し心豊かになり、少食を啓蒙されています。

昔の料理を思い出して心豊かで元気になる!

ちょっ文面では判らなかったかもしれませんが、小林氏がこの話題に移られる前に会場にいらっしゃる人全てに「量子波ライト」を当てられているんですよね。

実際に人の体も量子波があるから成り立っていますので、断食や少食で体が喜ぶと、量子波も活性化します。

何かで聞いたことがありますが、太鼓腹の人のおなかの周りのオーラはあまり美しくないそうですよ。

ということで、慌てず騒がす、ゆる2ちょこ2♪~でいきましょう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です